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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)10088号 判決

原告 破産者東京自動車タイヤ販売株式会社破産管財人 田辺恒之

被告 東邦金材興業株式会社

主文

被告は原告に対し東京都中央区日本橋江戸橋三丁目二番地二にある家屋番号同七九番鉄筋コンクリート造陸屋根四階建事務所一棟建坪三十三坪四合七勺外百十坪二合五勺の内四階三十三坪四合七勺を明け渡し、且つ金三万二千二百六円と昭和二十九年十二月二十日から右明渡の済むまで一ケ月金五万一千円の割合による金員を支払うべし。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り金五十万円の担保を供して仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し東京都中央区日本橋江戸橋三丁目二番地二にある家屋番号同町七九番鉄筋コンクリート造陸屋根四階建事務所一棟建坪三十三坪四合七勺外百十坪二合五勺の内四階三十三坪四合七勺を明け渡し、且つ昭和二十九年一月一日から右明渡の済むまで一ケ月金五万一千円の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決竝びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のように述べた。すなわち、

訴外東京自動車タイヤ販売株式会社は昭和二十八年十二月二十二日東京地方裁判所から破産の宣告を受け、原告は同日その破産管財人に選任された。

右破産者はこれよりも先昭和二十六年十二月二十日被告に対しその所有の本件建物の内四階四合七勺(以下係争部分と呼ぶ)を賃料一ケ月四万円、毎月末日払、期間昭和二十九年十二月十九日までの約定で賃貸したが、賃料は昭和二十八年秋頃から一ケ月五万一千円に値上げされた。

しかるに被告は昭和二十七年一月頃係争部分の内北西側約十坪を訴外天羽克己に無断転貸し、原告は昭和二十八年十二月二十三日頃その事実を知つたので、同日被告に対し右天羽を同月末日限りその転借部分から退去せしめられたく、若しこの要求に応じないときは賃貸借を解除する旨の意思表示をしたが、被告はこれに応じなかつたので、本件賃貸借は昭和二十八年十二月三十一日限り解除となつて終了した。よつて被告は係争部分を原告に返還する義務(明け渡す義務)を負うに至つたのであるが、その後も引き続いてこれを占有しその明渡義務の不履行により原告をして従前の賃料と同額の損害を蒙らせているから、係争部分の明渡と右賃貸借解除の日の昭和二十九年一月一日から右明渡の済むまで従前の賃料と同額の一ケ月五万一千円の割合による損害金の支払を求める次第である。

仮に前記解除が無効として本件賃貸借は昭和二十九年十二月十九日限り期間の満了によつて終了したものである。

破産管財人は、破産財団に属する破産者の財産の処理については破産債権者に成る可く多くの配当ができるように措置する職責を有するものであるが、前記破産者には二億五百万余円の債務があるのに反し、その資産としては空家としての見積価格でもせいぜい二千万円位に過ぎない本件建物があるだけである。従つて、原告としては本件建物を空家とする措置を構ずる必要があるので、原告は昭和二十九年一月十日頃から被告に対し右のような破産財団の苦境を説明すると共に係争部分の明渡を求め以て本件賃貸借更新拒絶の申入をし、その後も再三再四同様の申入をした。元来被告は莫大な資産を有する優秀会社であつて是非共係争部分の使用を必要とするものではないのであるが、さすれば、原告の右更新拒絶の申入は正当の事由があるものと認められるべきであるから、本件賃貸借は昭和二十九年十二月十九日期間の満了によつて終了し、被告はここに係争部分を原告に明け渡すべき義務を負うに至つたものというべきであるよつて本件賃貸借の解除を原因とする前記請求が認められないときは期間の満了を原因として係争部分の明渡と右期間満了の翌日の昭和二十九年十二月二十日から右明渡の済むまで従前の賃料と同額の一ケ月五万一千円の割合による係争部分明渡の義務の不履行に基く損害金の支払を求め、併せて被告がその支払を怠つている昭和二十九年一月一日から本件賃貸借終了の日の同年十二月十九日までの前同一の割合による延滞賃料の支払を求める。

と述べ、

被告主張の供託に関する事実はすべて認めると述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告の主張事実中、東京自動車タイヤ販売株式会社が昭和二十八年十二月二十二日東京地方裁判所から破産の宣告を受け、原告が同日その破産管財人に選任されたこと及び右破産者がこれによりも先昭和二十六年十二月二十日被告に対しその所有の本件建物の係争部分をその主張のような約定で賃貸し、賃料がその後昭和二十八年秋頃から一ケ月五万一千円に値上げされたことは認めるが、その他の事実は争う。なお昭和二十九年一月分から昭和三十年二月分までの賃料については、同年三月四日原告から同月七日までに五十六万円を支払うべき旨の催告があり、被告はその期日にこれを原告に提供したが、受領を拒絶されたので同月十一日これを弁済のため東京法務局に供託した。従つて、被告の賃料債務はその範囲で消滅しているものである。と述べた。〈立証省略〉

理由

東京自動車タイヤ販売株式会社が昭和二十八年十二月二十二日東京地方裁判所から破産の宣告を受け、原告が同日その破産管財人に選任されたこと及び右破産者がこれよりも先昭和二十六年十二月二十日被告に対しその所有の本件建物の係争部分をその主張のような約定で賃貸し、賃料がその後昭和二十八年秋頃から一ケ月五万一千円に値上げされたことは当事者間に争がない。

(一)  主たる請求について

証人柳本光三、金子元、天羽克己の各証言と原告本人尋問の結果とを綜合すると、被告は昭和二十七年四月頃予てからその顧問をしている税理士の右天羽に係争部分で税務事務所を開設することを許し、天羽はこの許可によつて本件建物に税務事務所の看板を掲げ時々係争部分で税務事務を執つていることが認められ、これが反証はないが、右金子及び天羽の各証言によると、右事務所は名だけのものであつて、天羽は被告の備品を使用し被告の社員と机を竝べて税務事務を執ることがあるといつた程度のもので賃料の支払もしておらず、係争部分の何れの箇所についても独立の占有をしているものではなく、しかも、右事務所の開設については当時被告から前記破産者の重役の足川某に対しその旨を告げて同人の承諾を得たものであることが認められるから右事務所の開設を目して無断転貸とし本件賃貸借を解除したことを前提とする原告の主たる請求は何らそのいわれのないものといわなければならない。

(二)  予備的請求について

原告本人尋問の結果によると、原告は昭和二十八年十二月二十二日破産管財人に選任されると間もなく被告に対し本件建物を買い取るか明け渡すかするように交渉し以つてその買取のない場合には賃貸借の更新を拒絶する旨を申し入れたことが認められ、これに反する証人金子元の証言は信用し難く、他にこの認定を動かすに足る証拠はない。

よつて、右申入は正当の事由に基くものであるか否かについて按ずるに、破産の目的は破産者の財産を一定の手続によつて換価し、これを破産者に公平に分配することにあるのであるが、破産法第五十九条、民法第六百三十一条等の規定を反省するときは、法はこの目的のために破産者の債権関係を可及的に終了させることを欲しているものと思われる。故に期間の定めのある建物の賃貸借について賃貸人の破産中に期間が満了するというような場合には、破産管財人は特別の事情のない限りその更新を拒絶する正当の事由を有するものと解するを相当とする。しかして、証人金子元の証言と同証言によつて真正に成立したことが認められる乙第七、八号証及び記録添附の被告の資格証明書とを綜合すると、被告は係争部分を本店として相当多額の取引をしているものであり、また、本件賃貸借については百万円の権利金を支払つていることが認められるから、その更新を拒絶されるにおいては相当の損害を蒙るものといわなければならないが、更に右証人の証言によると、被告の本店の従業員は七人位のものであつて、本店の移転先の物色に差したる困難を感ずるものではないことが推認されるから、賃貸人の破産というような賃貸人側の非常時には賃借人側の以上認定のような事情は更新拒絶を阻む特別の事情とするにはなお不充分と考えられる、さすれば、前認定の原告のした本件賃貸借更新拒絶の申入はこれを正当事由に基くものとする外はないから、右賃貸借は昭和二十九年十二月十九日限り期間の満了により終了し、被告は係争部分を原告に返還する義務(明け渡す義務)を負うに至つたものというべきである。なお、賃貸借が終了した場合に従前の賃借人が賃借物を賃貸人に返還しないときは賃貸人は特段の事情のない限り従前の賃料と同額の損害を蒙るものと認めるを相当とするから、被告は本件賃貸借終了の翌日の昭和二十九年十二月二十日から従前の賃料を同額の一ケ月五万一千円の損害金の支払義務をも免れ得ないものといわなければならない。

(三)  延滞賃料の請求について、

被告が昭和三十年三月四日原告に対し延滞賃料支払のために五十六万円を提供したがその受領を拒絶され、同月十一日これを弁済のため東京法務局に供託したことは当事者間に争がないから、被告の延滞賃料債務はその範囲で消滅したものとする外はないが、当時被告が昭和二十九年一月分からの賃料を延滞していたこともまた当事者間に争がないから、右金員は同月分から同年十月分まで十ケ月分の賃料を五十一万円と同年十一月分の賃料の内金五万円の弁済に充てられたことになる。故に、右五十六万円の外になお賃料の支払をしたことの主張も立証もない本件では、被告は原告に対し同年十一月分の賃料残額一千円と同年十二月一日から先に認定した本件賃貸借終了の日の同月十九日までの賃料三万一千二百六円(51,000,00×19/31=31,206.00但し銭位は繰上げ)合計三万二千二百六円の延滞賃料の支払義務を負つているものというべきである。

よつて、原告の本訴請求中以上認定の義務の範囲内で被告に対し係争部分の明渡と延滞賃料三万二千二百六円及び昭和二十九年十二月二十日から右明渡の済むまで一ケ月五万一千円の割合による損害金の支払を求める部分は正当として認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条但書、仮執行の宣言につき同法第百九十六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中盈)

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